里子と実親の面会交流における倫理的課題:児童福祉司の専門的判断とサポートの視点
導入:面会交流が問いかける専門職の倫理
里子と実親の面会交流は、児童の出自を知る権利や家族とのつながりを維持する権利を保障する上で極めて重要な実践です。しかし、この面会交流の機会を設けるにあたり、児童福祉司は多岐にわたる複雑な感情、関係性、倫理的課題に直面します。実親の希望、里子の心理的安全性、里親家庭への影響、そして何よりも里子自身の最善の利益という複数の視点の間で、最適なバランスを見出すことは容易ではありません。本稿では、児童福祉司が面会交流において直面する倫理的課題に焦点を当て、専門的判断の基盤となる視点と実践的なサポートアプローチについて考察します。
面会交流の意義と法的・倫理的背景
里子と実親の面会交流は、単なる定期的な対面にとどまらず、里子のアイデンティティ形成、自己肯定感の育み、そして将来的な家族再統合の可能性を探る上で不可欠な要素です。
児童の権利擁護と家族再統合の視点
子どもの権利条約第9条では、子どもがその父母と離れて暮らす場合でも、特別の事情がない限り、父母との個人的な関係及び直接の接触を維持する権利を有すると規定されています。これは、日本においても児童福祉法や里親制度運用ガイドラインにおいて、可能な限り実親との交流・連絡の継続を検討すべき旨が示されていることと共通します。しかし、この「可能な限り」という文言の解釈や、その実践における判断は、常に児童福祉司に委ねられています。
実親の養育権と里子の最善の利益の対立
面会交流の判断において最も頻繁に生じる倫理的対立は、実親の養育権と里子の最善の利益のどちらを優先するかという点です。実親には子どもと会う権利があると考えられがちですが、その権利が里子の安全や発達を脅かす場合には、制限されることがあります。ここで重要なのは、里子の「最善の利益」を具体的にどのように評価し、判断基準とするかという専門職の視点です。これは、単に身体的な安全だけでなく、心理的・感情的な安定、愛着関係の形成、発達段階に応じた支援など、多角的な要素を考慮する必要があります。
児童福祉司が直面する具体的な倫理的ジレンマ
面会交流を計画・実施・評価する過程で、児童福祉司は以下のような具体的な倫理的ジレンマに直面します。
里子の感情的負担と実親の希望の調整
実親が面会交流を強く希望する一方で、里子が過去の経験から実親との接触に強い抵抗を示す場合があります。このような状況で、里子の感情を尊重しつつ、実親の心情にも配慮し、里子の発達段階に応じてどのように面会交流の形式や頻度を調整するのかは、極めてデリケートな判断を要します。里子の意見表明権をどのように保障し、彼らが面会交流に臨む上での心理的準備をどう支援するかは、常に検討されるべき課題です。
実親の養育能力評価と面会交流の継続・制限の判断
実親が子どもの養育に課題を抱えている場合、面会交流が里子に心理的な負担をかけたり、不安定な状態を引き起こしたりするリスクが考えられます。面会交流の継続が実親の養育能力向上に資するか、あるいは里子にとって有害となり得るかを評価することは、専門的な見地と客観的なデータに基づいた判断が求められます。特に、実親の精神状態、薬物依存、暴力の既往など、リスク要因が複雑に絡み合うケースでは、判断はより一層困難になります。
情報共有の範囲と守秘義務
里子、実親、里親、そして関係機関の間で情報を共有する際、児童福祉司は守秘義務と情報共有の必要性のバランスを取る必要があります。例えば、里子のネガティブな反応や実親の状況に関する情報を、どの範囲で誰に伝えるべきか、その情報がそれぞれの関係者にどのような影響を与えるかを慎重に検討することが求められます。
多職種連携における意見の相違と調整
医師、心理士、教育関係者、里親支援専門員など、面会交流に関わる多職種の間で、里子の最善の利益に関する見解が異なる場合があります。児童福祉司は、これらの専門家の意見を統合し、対立する見解を調整しながら、整合性のある支援計画を策定する役割を担います。
専門的判断を支える視点と実践的アプローチ
これらの倫理的ジレンマに対処するためには、児童福祉司が確固たる専門的判断の基盤と実践的なアプローチを持つことが不可欠です。
1. 里子の視点:子どもの意見表明権の尊重と負担軽減策
面会交流の計画において、里子の年齢や発達段階に応じた意見表明の機会を保障することが最も重要です。子どもが自らの気持ちを表現できる安心できる場を提供し、その意見を真摯に受け止め、可能な限り意思決定に反映させる努力が求められます。また、面会交流の前後の心理的サポートや、面会場所の選定、交流時間の調整など、里子の負担を軽減するための具体的な配慮が不可欠です。
2. トラウマインフォームドケアの適用
実親、里子双方の過去のトラウマ体験が、面会交流に与える影響を深く理解することが重要です。特に、虐待やネグレクトを経験した里子にとっては、実親との再会が再トラウマ化のリスクを伴う可能性があります。児童福祉司は、トラウマインフォームドケアの視点から、安全と信頼を最優先し、里子の心理的準備と回復を支える面会交流のあり方を検討する必要があります。これは、実親に対しても同様に適用され、実親自身が抱えるトラウマや困難に対する理解と支援を通じて、面会交流の質を高めることにつながります。
3. リスクアセスメントとセーフティプランニング
面会交流の実施にあたっては、潜在的なリスク要因(例えば、実親の精神状態の不安定さ、暴力のリスク、里子の強い拒否反応など)を詳細にアセスメントし、それに対応するための具体的なセーフティプラン(安全計画)を策定することが不可欠です。面会交流の形態(立ち会い、第三者機関の利用など)、緊急時の対応、情報共有のプロトコルなどを明確に定めておく必要があります。
4. 継続的な実親支援と養育能力向上への取り組み
面会交流は、単独のイベントではなく、実親の養育能力向上と家族再統合に向けた長期的な支援計画の一部として位置づけるべきです。児童福祉司は、実親が抱える課題(例えば、精神疾患、依存症、貧困、社会的孤立など)に対し、専門機関との連携を通じて継続的な支援を提供し、面会交流を通じて実親が里子との関係性を再構築し、養育責任を果たす意欲を高めるよう働きかけることが重要です。
5. スーパービジョンとピアサポートの活用
複雑な倫理的ジレンマに直面する児童福祉司にとって、定期的なスーパービジョンとピアサポートは不可欠な資源です。経験豊富な上司や同僚からの客観的な視点や助言を得ることで、自身の判断の妥当性を確認し、感情的な負担を軽減することができます。また、他の専門家との対話を通じて、多角的な視点を取り入れ、より質の高い支援を提供するための知見を深めることができます。
結論:倫理的課題への継続的な対峙と専門職の成長
里子と実親の面会交流における倫理的課題は、児童福祉司がその職務を通じて継続的に対峙し、判断を重ねていくべき本質的なテーマです。そこには明確な「正解」が存在しない場合が多く、常に里子の最善の利益を問い直し、個別のケースに応じた柔軟な対応が求められます。
この複雑なプロセスにおいて、児童福祉司には、揺るぎない倫理観、深い専門知識、そして多職種・多機関と連携する調整能力が求められます。本稿で考察した専門的判断を支える視点と実践的アプローチは、児童福祉司が倫理的ジレンマと向き合い、困難な状況の中でも里子と実親の関係性におけるケアと心のサポートの最適なバランスを探求するための重要な羅針盤となるでしょう。専門職としての継続的な学習と自己研鑽を通じて、私たちはより質の高い支援を提供し、子どもたちの健やかな成長に貢献していくことが期待されます。