里子と実親の複雑な感情調整プロセスへの介入:愛着理論に基づく児童福祉司の支援アプローチ
はじめに:里子と実親の関係性における感情の複雑性
里子と実親の関係性は、その性質上、喜びや希望とともに、深い悲しみ、怒り、不安といった複雑な感情が常に交錯するものです。児童福祉司の皆様は、この感情の渦中で、双方の関係性を健全に育むためのデリケートかつ専門的な支援に日々尽力されています。特に、分離や喪失の経験を持つ里子、そして子どもとの関係再構築に努める実親が抱える感情は、一筋縄ではいかないことが少なくありません。
本記事では、この複雑な感情調整の課題に対し、心理学の重要な概念である「愛着理論」を基盤とした実践的な支援アプローチについて考察します。愛着理論の視点を取り入れることで、両者が抱える感情の背景をより深く理解し、児童福祉司としての介入の質を高める一助となることを目指します。
愛着理論の基礎と里子・実親関係への応用
愛着理論は、ジョン・ボウルビィによって提唱された、人間関係の根源的な側面を説明する理論です。特に、子どもが特定の養育者との間に形成する「愛着(アタッチメント)」が、その後の感情調整、対人関係、自己認識に大きな影響を与えると考えられています。
1. 愛着システムの基本概念
- 安全基地 (Secure Base): 子どもが危険を感じた際に戻り、安心感を得られる存在です。里親や里子に関わる支援者は、この安全基地としての役割を担うことが期待されます。
- 探索行動 (Exploratory Behavior): 安全基地の存在を前提として、子どもが周囲の世界を探求し、学習する行動です。実親との面会交流は、里子にとって新たな探索の機会となり得ますが、同時に安全基地が揺らぐ可能性もはらんでいます。
- アタッチメントスタイル (Attachment Style): 子どもが養育者との関わりの中で形成する、関係性に対する内的なワーキングモデルです。これは、安定型、回避型、不安型、無秩序型に大別され、実親の愛着スタイル、里子の愛着スタイル、そしてその相互作用が支援の複雑さを増す要因となります。
2. 里子・実親関係における愛着の課題
里子とその実親の関係では、分離や喪失という強いストレスを伴う経験があるため、愛着の形成や維持に特有の課題が生じやすいとされています。
- 里子の側: 複数の養育者との関係を経験することで、愛着の対象が不明瞭になったり、安定した愛着形成が困難になったりすることがあります。また、過去のトラウマ経験が愛着スタイルに影響を与え、「無秩序型愛着」の兆候を示すことも少なくありません。
- 実親の側: 子どもとの分離や養育権の喪失は、実親に深い悲しみや罪悪感、怒りをもたらします。自身の生育歴における愛着経験が不安定であった場合、子どもとの再構築においても困難を抱えやすく、感情のコントロールが難しくなることがあります。
これらの複雑な愛着パターンを理解することは、感情調整支援の出発点となります。
児童福祉司が実践する感情調整支援のアプローチ
愛着理論の知見を踏まえ、児童福祉司が里子と実親の感情調整を支援するための具体的なアプローチを以下に示します。
1. 感情の理解と受容の促進
里子や実親が抱える感情は、しばしば複雑で矛盾をはらんでいます。まずは、その感情を否定せず、ありのままに受け止める姿勢が重要です。
- 共感的傾聴: 相手の言葉だけでなく、非言語的なサインからも感情を読み取り、共感的に応答します。「〇〇と感じていらっしゃるのですね」「それはお辛いでしょう」といった言葉で、感情の受容を示します。
- 感情の言語化支援: 感情を言葉で表現することが苦手なケースに対しては、「今、どんな気持ちですか?」「この出来事について、どのように感じていますか?」といった具体的な問いかけや、感情のリスト(例:嬉しい、悲しい、怒り、不安)を提供して選んでもらうなどの工夫が有効です。これにより、感情の認識と対処の第一歩を促します。
2. 愛着に配慮した関係性の構築支援
里子と実親の関係性を再構築する上で、愛着の視点からのサポートが不可欠です。
- 実親への教育的介入: 実親が自身の愛着スタイルや、それが子どもに与える影響について理解を深める機会を提供します。具体的な子育ての場面での感情的な対応について、安全基地の役割や安定した愛着形成の重要性を伝え、実践的なスキル習得を支援します。
- 里子への安心感の提供: 里親と連携し、里子にとっての安全基地を強化します。面会交流の前後に里子の感情の揺れを予測し、そのケアを計画的に行うことで、面会が里子の心理的負担にならないよう配慮します。
3. コーピングスキル(対処スキル)の育成
感情は自然に湧き上がるものですが、その感情に適切に対処するスキルは学習によって培われます。
- ストレス対処法の検討: 里子や実親がストレスや強い感情に直面した際に、どのように対処するかを共に検討します。深呼吸、リラクゼーション、安全な場所を想像するなどの具体的な方法を提案し、練習を促します。
- 認知行動療法的アプローチの導入: 感情を引き起こす思考パターンに気づき、より現実的で建設的な思考へと導く介入も有効です。例えば、「自分はダメな親だ」といった自動思考に対し、「今まで〇〇な努力をしてきた」といった肯定的な側面を意識させることで、感情の過剰な反応を和らげます。
多職種・多機関連携の重要性
里子と実親の感情調整支援は、児童福祉司単独で完結するものではありません。多職種・多機関連携がその効果を最大化します。
- 心理専門職との協働: 臨床心理士や精神科医は、愛着障害やトラウマに特化した専門的な評価と介入を提供できます。児童福祉司は、ケースの全体像を把握し、専門職への適切なつなぎ役としての役割が期待されます。
- 里親との連携: 日常生活の中で里子の感情の動きを最も近くで見ている里親との密な情報共有と協働は不可欠です。里親にも愛着理論の基本的な視点を提供し、一貫したアプローチで里子を支える体制を構築します。
- 地域社会・学校との連携: 里子を取り巻く環境全体が、感情調整の練習の場となります。学校の先生や地域の子ども支援機関との情報共有を通じて、里子が様々な場面で適切なサポートを受けられるように調整します。
まとめ:愛着の視点から深化する児童福祉司の専門性
里子と実親の関係性における感情調整は、児童福祉司の皆様にとって、最もデリケートでありながら、その専門性が試される領域の一つです。愛着理論というレンズを通して、双方の感情の動きや関係性のパターンを深く理解することで、より根源的な支援を提供することが可能となります。
本記事で示したアプローチは、日々の業務における実践的なヒントとなることを意図しています。感情の受容、愛着に配慮した関係性構築の支援、そしてコーピングスキルの育成は、里子と実親が困難な状況を乗り越え、より豊かな人生を歩むための礎となるでしょう。児童福祉司の皆様が、自身の専門性を高め、多職種と連携しながら、この重要な役割を担い続けることを期待しています。